短編:トレントと黄金樹とスケッチ
ある日のお昼過ぎ。
アルター高原を探索するために、私はトレントと二人でのんびり歩いていた。
今日の天気はアルター高原に珍しく、晴れ。
黄金樹からの光が燦々と高原を照らし、草原が黄金色に輝いている。
トレントも、心なしか気分良さそうに歩いていた。
草原を風が、さっと吹き抜け、頬を風がゆっくりと撫でていく。
温度も適温。
良いお昼寝日和だ。
ここらへんは安全じゃないから、ゆっくり草原に寝っ転がって眠るなんてことはできないが、祝福を見かけたらのんびりお昼寝をしてもいいかもしれない。
そんな、気持ちのいい日だった。
「トレント、今日は黄金樹が綺麗にはっきり見えるね」
トレントの上でゆっくり揺られながら、そうトレントに語り掛ける。
トレントはゆっくり同意するように頭を振った。
トレントはあまり話さない寡黙な子だが、同時に賢い子だ。
私が話しかけても、私の話を理解してくれているように反応してくれる。
……思い返せば、メリナも同じようにトレントに話しかけていた。
きっと、メリナと二人で旅をしていた時は、同じように話していたのだろう。
私の賢い、頼れる相棒だ。
「そうだ。こんな綺麗に見えるんだから、スケッチでもしてみようか」
輝く黄金樹をぼおっと見ていたら、ふいにそんな気持ちが湧き上がってきた。
思い返せば、黄金樹をこんな近くではっきりと見たことはなかった。
黄金樹は、狭間の地の象徴とも言っていい存在だ。
狭間の地の記録として、残しておかなければいけない対象だろう。
以前も狭間の地に来た当初、リムグレイブでも黄金樹を描いてみたが、あそこはちょっと黄金樹から遠すぎた。
こんな近くでじっくり見れる機会なんて、そうはない。
ちょうどいい機会だし、じっくり腰を据えて描いてみよう。
そうと決まれば善は急げだ。
トレントに一旦止まってもらって、トレントの尻尾のほうにぶら下げている背嚢から筆と羊皮紙と絵具を取り出す。
こないだカーレから、色を付けるための絵具も買ったのだ。
なんでも、木の芽を砕いて色を付けれるようにしたとか。
このご時世、ちょっとお高かったが、いい買い物だった。
そうしてうきうきと筆と羊皮紙と絵具を取り出し、どこかスケッチをするのに良い場所はないか辺りを見渡すと、遠くから、小さな人影が見えた。
こっちに、ゆっくりと近づいてくる。
「む、せっかくいい気分だったのに」
敵だ。
頭の中のスイッチを切り替える。
お散歩モードから、戦闘モードへ。
敵は、三体。
王都の普通の兵士。
騎士はなし。
魔法を使う必要もなし。
剣で十分。
「さ、トレント、いこうか」
左手で剣を抜き、敵の方に向き直る。
風が私の髪をなびき、剣から蒼い魔力の光が溢れ出す。
さぁ、戦いの始まりだ。
一人目。
槍を持った兵士が大きく槍を振りかぶって槍を叩きつけ、私を馬から落とそうとする。
「甘い!」
トレントにジャンプしてもらって、その攻撃を回避。
返す刀で、相手の兵士を頭から両断する。
二人目。
片手剣を掲げた兵士が小さく隙のない突きを放ってくる。
しかし距離が遠い。
トレントを加速させ、そのまま突きの右側に逸れて槍を避けつつ、剣の薙ぎ払いで相手を胴から両断する。
三人目。
他二人より大柄の、大剣を持った兵士が迫ってくる。
通常の兵士より一撃の威力が大きいタイプ。
しかも大剣だから、トレントごと両断してくるやつだ。
「トレント、お願い」
霊馬の指笛を素早く鳴らして、トレントが虚空に消える。
攻撃を食らうようなへまをするつもりはないが、それでも巻き込んでしまってはかわいそうだ。
強敵相手だとそうも言ってられないが、この程度の相手なら私だけでも十分。
カーリアの騎士剣を右手に持ち替え、左手にカーリアの騎士盾を召喚し、相手の攻撃に備え、構える。
ようやくたどり着いた大剣の兵士は、大剣を振り上げ、まっすぐ振り下ろす、正眼の構え。
隙が少なく威力も大きい、良い一撃だ。
だが、カーリアの魔術騎士を崩すには、威力が弱すぎる!
相手の攻撃を盾でしっかり受け止め、衝撃を反らす。
そして相手が防がれた反動でたたらを踏んだところを、ガードカウンター!
片手剣が私の戦意に反応し、蒼い魔力の鱗片をまき散らす。
鋭く威力の乗った片手剣の薙ぎ払いが、相手の首に迫り、一閃!
魔力によって鋭くなった片手剣の刃は、何一つ抵抗がなかったように、相手の首を刎ね、宙に飛ばした。
気を抜かずに、あたりを見渡し、後続の敵がいないか確認。
敵影なし。
周囲に脅威となりうる存在もなし。
戦闘終了。
「ふぅ……」
身体からゆっくり力を抜き、構えていた剣を腰の鞘に納める。
こうして敵と戦うのはもう何度目かもわからないが、命のやり取りはいつまで経っても慣れることはない。
むしろこれに慣れて、何も感じなくなってしまった時、私も彼ら(亡者)と同じようになってしまうのかもしれない。
そんなことを考えつつ、また霊馬の指笛を鳴らし、トレントを再び喚ぶ。
「トレント、ありがとうね」
トレントに感謝しながら、彼にスイート・レーズンを食べさせる。
ここアルター高原周辺でしか取れない黄金のロアを干して乾燥させたものだが、トレントの好物なのだ。
こうやって戦ってもらった後に、よく食べさせている。
トレントも、美味しそうにレーズンを食べている。
「ふぅ、じゃあ改めてスケッチの続きをしようか」
余計な邪魔者も入ってきたが、目的は黄金樹のスケッチなのだ。
近くに良さそうな木陰があったので、そこで描くことにする。
熊の毛皮で作ったシートを地面に敷き、そこに腰を落とす。
きちんとなめしたおかげで、けっこうふわふわな感触だ。
背中を樹に預け、肩から力を抜き、ゆっくりと黄金樹を眺める。
今日も黄金樹は綺麗だ。
私はこれを―――
いや、今考えることでもないな。
今は、あの美しい、天にそびえる大樹のありのままの姿を、写すとしよう。
そうして、今日という一日はスケッチと共に、過ぎ去っていった。
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