火山館の依頼 大角のトラゴス
私は排律者だ
ある日、火山館を訪れると、パッチからある依頼を受けた。
いや、依頼というよりも、依頼の横流しだろうか?
その内容は、古遺跡断崖にいる、大角のトラゴスと呼ばれる褪せ人を殺せ、というものだった。
私は、なんということもない気持ちで、その依頼を受けた。
受けて、しまった。
彼とは一応面識自体はあった。
ラダーン祭り、あの戦いの場に、彼もまたいた。
大きな鎧に身を包んだ、堅牢な騎士だったことを覚えている。
しかし、言ってしまえばしょせんそれだけだ。
戦友と言えなくもないが、そこまで大げさなものでもない。
そこまで気にする必要もない相手だ。
今思えば、私はこの時点で褪せ人を殺すことに慣れきってしまっていたのだろう。
手を血で汚すことに、慣れきってしまっていたのだ。
そうして古遺跡断崖に行った私は、あっけなく彼を殺してしまった。
たしかにその鎧は堅牢で、奇怪な戦技も使う古強者であったが、その程度、デミゴッドを二人もすでに倒していた私の敵ではない。
硬い、近接主体の敵には遠距離から戦えばいい。
そして遠距離を保って戦えば、あの尻で攻撃する奇怪な戦技もただのいい的でしかない。
魔術騎士として、つぶてや氷塊を遠距離から撃ちこみ続ければ、それだけで容易く殺すことができた。
迷いも躊躇いもなく、容易く殺せてしまった。
そんな私が、違和感を覚えた最初は彼から得た防具一式に触れた時だ。
触れた防具から、このような記憶が流れ込んできた。
大角のトラゴスの胴鎧
一対の巨大な角が、体を覆い
揺るがぬ強靭を与えている
トラゴスは、助勢の騎士として知られる
多くの褪せ人が、大角の助けを得て
狭間の脅威に対してきたのだ
私はラダーン祭りを除けば特にかかわったことはなかったが、彼はたくさんの褪せ人を助けてきた、善き人物だったのだろう。
その記憶を、多くの褪せ人が彼に感謝している記憶を見て、私の胸はぎゅっと痛んだ。
しかし、この時はまだ目を逸らせていた。
しかし、火山館に帰り、パッチに話しかけたとき、もう目を逸らすことはできなくなっていた。
パッチはこのように言った。
…あんた、トラゴスを狩ったってのか?
本当に?
い、いや、いいんだ。よくやってくれたな
タニスには、俺から報告しておこう
ゆっくりと休んでくれよ
パッチが、あの会うたびに私をだまして陥れてきた悪人のパッチが、私に対して引いていた。
トラゴスを殺したという、私の行いに。
そして、私が彼に対して報酬を要求したときに。
…チッ
あんた、意外とがめついな
だがまあ、確かにタニスから預かってるよ
ほらよ、とっときな。トラゴス狩りの褒美だとよ
そして、そして、私は気づいた。
この殺しは、何一つ大儀も、理由もない。
強いて言うなら、報酬が欲しかったから。
あるいは、血に酔っていたから。
それだけだ、それだけでしかない。
それだけのために、私は躊躇いすらせず、同胞を殺した……
最初は、ブライヴやイジーを殺した奴らの情報を集めるためだった。
黄金樹に敵対している火山館に潜入し、情報を得るために。
しかし、殺しを重ねることで、私は変わった。
変わってしまった。
こんな、鞭一つのために、同胞殺しをできるような、存在に。
私はもうとっくに、ふりではなく、排律者に堕ちてしまっていたのだ。
そんな当たり前のことに、気づいてしまった。
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